ムタワッキル3世は

ムタワッキル3世はアッバース朝最後のカリフ。

当時アッバース家カリフの庇護者だったマムルーク朝は経済的、軍事的にオスマン帝国の脅威に晒されており、ムタワッキルの地位も不安定なものだった。

1517年にマムルーク朝が崩壊すると、ムタワッキルはオスマン皇帝に庇護を求める。

セリム1世は仮にもアッバース家のカリフであり、建前上は全スンナ派ムスリムの精神的指導者であるムタワッキルを一応は丁重に扱い、帝都イスタンブルに住まわせた。

しかし次第にセリムはアッバース朝のカリフを邪魔者と思い始め、最終的にはムタワッキル以降のアッバース家のカリフ位継承を認めず、事実上の監禁状態に置いた。

最終的にムタワッキルは1543年に没し、アッバース朝は完全に滅亡した。

ワースィク1世はアッバース朝の第41代カリフであり、カイロ・アッバース朝の第4代カリフである。

前任者同様マムルーク朝の庇護を受け、その権力を追認するだけの存在であった。

ハーキム1世はアッバース朝の第39代カリフである。
update:2010年06月06日