ヴェネツィアとその潟は

イタリアのヴェネツィアの世界遺産登録物件名。

ヴェネツィアは、5世紀頃、ゲルマン族の進入から逃れるために、当時湿地帯であった場所に街を作ったのが始まりといわれている。

その後、海洋貿易での立国を目指した。

十字軍の遠征による権益の拡大、ジェノヴァ共和国との戦争で繁栄は最高潮を迎えた。

また、ルネッサンス時代には、ヴェネツィア派と呼ばれる画家を輩出した。

アドリア海の女王とうたわれたヴェネツィアも他のヨーロッパ諸国が地中海貿易に進出するに至った上に、大航海時代が始まり、アメリカ大陸や日本の発見などによって貿易の中心が大西洋や太平洋といった外海に移った事によって衰退に向かう。

18世紀には一年の半分をカーニバルで過ごす歓楽の都と化してしまった。

ヴェネツィアの街は100以上の島々が、およそ400の橋と150をこえる大小の運河で結ばれている。潟の上になるヴェネツィアは、常に治水対策が重要課題であった。

近年は、丸太の杭を潟に打ち付けてそれを建物の土台にする工法の最大の欠点と、地下水の汲み上げによる地盤沈下が大問題。
update:2010年02月20日